「同人誌と表現を考えるシンポジウム」報告

この記事について

2007年5月19日、東京都の豊島公会堂で、「同人誌と表現を考えるシンポジウム」が開催されました。この記事は、そのシンポジウムの報告です。間違いなどがあったら、コメントするかトラックバックするか、tom@nekomimists.ddo.jpまでご連絡下さい。

適宜、敬称を省略させていただきました。

「同人誌と表現を考えるシンポジウム」について

タイムテーブル

開始時刻 内容
13時30分 開場
13時40分 主催者挨拶
13時45分 「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」とは?
13時55分 第1部 今、どうなっているのか? 〜現場からの発言〜
15時00分 休憩
15時10分 第2部 どうすべきなのか 〜有識者討論〜
16時10分 休憩
16時20分 質疑応答
16時45分 閉会

主催者挨拶

この時点で、公会堂はほぼ満席となっていました。豊島公会堂の座席数は802とのことなので、それくらいの数の人が集まったことになります。ここで、参加者の内訳が調べられました。主催者が提示した関係に該当する参加者が挙手し、大雑把に数えられました。結果は、以下の通りでした。

  割合
サークル 50%
スタッフ 10%
一般 20%〜30%
その他(出版、印刷) 5%〜10%

「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」とは?

このシンポジウムが開かれるきっかけとなった、「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」について、同人誌生活文化総合研究所の三崎尚人氏から説明がありました。

  • 「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」は、警察庁の竹花豊生生活安全局長(当時)の諮問機関である。
  • 最初に取り上げられたのは、携帯電話だった。子供が有害な情報にアクセスできる状況が問題とされた。
  • 2006年9月の中間報告では、フィルタリングを活用するよう提言がなされた。
  • 2006年10月からの後半では、ゲームおよびマンガが取り上げられた。
  • 2006年10月20日の第6回研究会では、コンピュータソフトウェア倫理機構が出席した。
  • 2006年11月10日の第7回研究会では、ゲームの他に、同人誌が取り上げられた。竹花氏は、同人誌についてよく理解していない様子だった。ここでは、問題提起で済んでいた。
  • 2006年12月の最終報告書では、マンガやゲームに半分以上が割かれていた。同人誌即売会について、自主的な規制を求めている。

「バーチャル社会のもたらす弊害から子供を守る研究会」のサイトは、http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen29/Virtual.htmです。

第1部 今、どうなっているのか? 〜現場からの発言〜

第1部として、パネルディスカッションが行われました。パネラーは、以下の通りです。

名前 捕捉
中村公彦 コミティア実行委員会(司会)
武川優 日本同人誌印刷業組合、緑陽社
鮎澤慎二郎 株式会社虎の穴
川島国喜 株式会社メロンブックス
市川孝一 コミケット準備会、COMIC1準備会
武田圭史 赤ブーブー通信社
各自の立場の現状と問題点について
  • 武川: 日本同人誌印刷業組合に所属している全国29社で80%の同人誌を扱っている(コピー誌は除く)。印刷所は、関所として重要だと認識している。本の修正と修正の基準については、よく浸透し、守られている。コミケが修正の基準になっている。修正したものを各社に見せて回り、度合いを確認している。サークルに対して印刷を拒否することはなく、修正を求めている。もっと規制の厳しい会社もあり、仕事を規制の緩い会社にまわすこともある。
  • 鮎澤: 虎の穴ができてから10年の間に基準をつくっていった。どの作品も1回は見て、内容をチェックしている。何十かのチェック項目を設けている。
  • 川島: 明確な基準は、性器に修正が入っていればOK. 10項目ほどあるガイドラインに対してチェックし、18禁か否かを区別する。印刷所から来る時点で修正が入っているので、大きな問題はない。
  • 市川: 性器の露骨な描写には修正を入れる。同人誌即売会は対面販売であるので、18歳以下には頒布しないように求めている。
  • 武田: Comic Cityは女性向けであり、問題を対岸の火事としてみていた。啓蒙活動はしていた。「18禁の表示がされていないのではないか?」と疑問を抱き、サークルをみてまわったところ、されていなかった。サークルは猥褻物に関する意識がない。2006年10月以降、18禁表示するように求めている。春からは、18禁のフダを立てている。
  • 中村: コミティアはオリジナルオンリーの即売会である。参加者の年齢は20代後半。18禁のサークルは少ない。2600サークル中130サークル程度で、10%以下である。表現もソフトである。ここ1年から2年の間に、修正を求めることがあった。そういったものは、印刷された段階で修正されていない。日本同人誌印刷組合に入っていない印刷所を通ってきている。
コミケ基準について
  • 市川: 性器の露骨な描写に修正を入れている。全サークルの新刊を集め、600人から700人のスタッフが検査している。男性器は、カリに修正が入っていればよい。女性器は、クリトリスに修正が入っていればよい。修正の方法は、ぼかしや黒塗り、モザイクなど、決まっていない。髪の毛や字でごまかす方法もある。表紙に成人指定の表示があったり、奥付が書いてあると審査は甘めになる。商業誌でも、コンビニ向けと書店向けでは基準が異なる。
Comic Cityのアピールに対する反応は?
  • 武田: 3月のイベントでは、18禁カードは必ずしも使用しなくてもよかった。デザインが気に入らなかったようで、サークルがいいデザインのものを用意したりするので、以外と浸透している。当日配るカードを200枚用意しているが、実際に配るのは50枚くらいで済んでいる。
印刷所の変化について
  • 武川: カラーのイラストについて、モザイクは表現の方法である。一方、白や黒を入れていると、修正の意志があることが分かる。95%から97%の印刷所はコミケの基準を理解している。新規参入する会社の60%は組合で把握しており、修正について理解しているか確認している。データ入稿で、どこででもチェックできるようになった。
データ入稿でチェックする余裕がなくなっているか?
  • 武川: それほど問題は出ていないと思っている。
  • 市川: FTP入稿したものをチェックしているが、入稿が遅いので、スルーされる。COMIC1で問題を見つけたら、サークルが虎の穴への納品も止めた。即売会とサークル、書店が連携できている。即売会主催者や印刷所、書店など、修正についてサークルが相談できるところはある。
商業誌と同人誌のダブルスタンダードについて
  • 川島: 同人誌の方が基準は厳しい。性器に対してはぼかしを入れている。また、性器そのものではなく、行為に対して規制している。例えば、「フランダースの犬」の最終回のネロが死ぬシーンで、(実際はどういう描写だったか覚えていないが、仮に)上から降りてきた天使の股間がぼかされていたら、品位が落ちる。同人誌と商業誌は別と考えている。
  • 武田: 商業誌は確信犯の場合もある。
サークルとのコンセンサスの作り方
  • 鮎澤: すべてチェックしきれていない。サークルが修正について納得できないという場合は、販売を見送る。
トラブルが発生したことは?
  • 市川: サークルから反発されることはある。2イベントに1回くらいある。女性系サークルの方が修正が多い。10サークル以上に修正を求めたことがあった。女性系サークルの方が表現が過激になっている。意識が低い。男性系サークルは修正を求めたら速やかに対処してくれるが、女性系サークルは抵抗されることがある。
  • 武田: 女性系サークルは意識が低い。猥褻物(犯罪になる)と18禁(18歳未満に頒布してはならない)の区別がついていない。
  • 川島: 女性向けは極端。ロマンが中心で性行為していることがわかり辛いものから、直接的なものまで。
  • 市川: 書店向けの男性器には修正が入っていないことが多く、女性系サークルはそれを基準にしている。商業誌と同人誌の基準は同じではない。
奥付が不足していることが多い点について
  • 武川: URLだけの場合がある。
  • 市川: URLがないものもある。サークル名とメールアドレス、発行日は入れて欲しい。
  • 武川: 印刷所名が入っていないことがある。奥付の有無のチェックは徹底していない。

第2部 どうすべきなのか 〜有識者討論〜

第2部のパネルディスカッションのパネラーは、以下の通りです。

名前 捕捉
坂田文彦 ガタケット事務局(司会)
斎藤環 精神科医
永山薫 マンガ評論家
藤本由香里 編集者、評論家
三崎尚人 同人誌生活総合研究所
望月克也 弁護士
伊藤剛 マンガ評論家、武蔵野美術大学芸術文化学科講師
自主規制について
  • 永山: 第1部のやりとりをみて、意外に何重にもフィルタがかかっていると感じた。ゾーニングを外に向けてアピールしていないのが一番の問題である。外から見ると同人誌はアンダーグラウンドで評価されない。日本文化を担っているというアピールをしていない。同人誌による経済効果を指摘し、規制の方法をアピールすべきである。対決姿勢になるべきではない。
  • 伊藤: この議論の意義は、対外的なアピールと、対内的な(サークル向けの)アピールの2点である。サークルは、同人誌をこっそりやっているという意識があるかもしれない。しかし、同じ社会の人間として、相手を説得すべきである。ここで、規制はなぜ起こるのかについて述べる。まず、真似をする人間が現れるという単純な人間観がある。他に、見たくないものを排除したいのではないか。自分たちはマナーを持っているので、規制する側もマナーを持っているべきである。最終報告が法規制にならなかったのは、彼らのマナーと評価していい。
刑法175条と児童ポルノ法が18歳未満(児童ではない)を対象としていることについて
  • 望月: いままで同人誌はアンダーグラウンドだと思っていたが、そうではなかった。一度は法律に目を通した方がよい。
表現の自由と、受け手の選ぶ権利について
  • 藤本: 1991年に有害コミック問題が起こったとき、書店員が同人誌を売っていて逮捕されている。現在同じことが起きたとき、同じような反発があるかは疑問である。いままでは、「同人誌は商業出版ではない」。現在は、書店で売られているので、規制の対象になる。表現の自由は、他社を傷つける可能性がある。刑法175条の規定では、男女の性交意外も含む可能性がある。青少年条令に触れる。同人誌に対して、責任感をみせることがいい。自助努力をしていることをアピールすることが必要である。

1991年の事件については、

  1. ARTIFACT ―人工事実― : 同人関係の事件/1991年の書泉ブックマート、高岡書店、まんがの森の摘発
  2. エロ同人誌とエロ商業誌とコミケ - エロ漫画家の日記 - 楽天ブログ(Blog)

が詳しいです。

  • 望月: チャタレー事件判決では、性交の度合いについての記述がある。

チャタレー事件については、

  1. チャタレー事件 - Wikipedia

が詳しいです。

  • 三崎: 1991年2月に無修正の同人誌を販売したとして5名が逮捕されている。その後、「善意の一市民」が無修正の同人誌を千葉県警に送付し、事情聴取され、コミケは幕張から出ていった。
  • 坂田: 法令化は、表現の自由に反するという意見が報告に述べられている。
猥褻物は18歳未満に有害か?
  • 斎藤: 松文館裁判というものがあった。精神科で、静的なものについての研究は少ない。猥褻物が猥褻な行為を助長する、あるいは暴力的なものが暴力を助長するという証拠はない。犯罪のピークは昭和35年の、団塊の世代が思春期だった頃。犯罪件数はそれ以降減少している。猥褻物と行為の関係については、やおいやBLをみた女性がどういう行動を起こすのか、という点に尽きる。同人文化は、欲望を満たす空間として洗練されているので、本田透のように「2次元だけでいい」という人もいる。メディアが性犯罪をそそのかすから、という問題は起きない。同人文化を規制するのは、倫理を狭めることにもなる。

松文館裁判については、

  1. 松文館裁判
  2. 松文館裁判 - Wikipedia

が詳しいです。

これ以降は、自由討議となりました。

  • 永山: 同人誌を規制するとどうなるのか?
  • 斎藤: 健全な性犯罪が起こる(会場爆笑、拍手)。
  • 永山: 少子高齢化対策として有効では?
  • 望月: 表現の自由を制限すると、どんどん制限が強くなり、表現者も萎縮する。
  • 伊藤: 表現が痩せる。誰の利益にもならない。菊の花があって、「一番下の葉っぱを取れ」と命じたとする。すると全部の葉っぱがなくなって、菊の花だけになってしまった。一番下を取ると次も一番下になるので、取りつづけたら全部なくなった、という話がある。よい文化、悪い文化の区別はない。ゾーニングは利害の調整である。
  • 藤本: 児ポ法では、アニメやゲーム、マンガでは被害者がいないので、規制されていない。「ベルセルク」を撤去した書店がある。

ベルセルク」が書店から撤去された件については、以下のサイトに記述があります。

  1. JSS:日本副次文化安全保障局
  2. マンガとゲームとアニメがなくなる日
  3. 1999.11.15.発行 vol.15  [まず、勢いに乗せなはれ 号]
  • 三崎: 全国で70,000から80,000サークルある。これだけ紙メディアで創作している国はない。経済産業省で米澤前代表がコミケの話をしたことがある。コンテンツが豊富なのは同人誌があるから。規制もしているし、ものを作っているというアピールをした方がいい。すみっこでつくるのではなくて。
  • 坂田: 現状をよく理解すること。18歳未満ということは、ほとんどのキャラクターが当てはまる。日本には春画があり、これは露骨な描写を含んでいるが、芸術作品として規制されていない。春画が廃れたのは、日本が欧米に野蛮な国だと思われたくなかったから。2007年に第11回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した「舞姫テレプシコーラ)」で性的虐待のシーンをカットされたら、表現の自由が奪われる。

質疑応答

最後に、全パネラーが舞台に上がり、質疑応答となりました。質問は、休憩時間の間に参加者から集められました。質問は160通集まりました。

現状の修正の基準でよいのか?
  • 市川: 修正が通用するかしないかは、商業誌等をみて考えている。社会的に通用するかは別問題である。刑法175条には何も明記されていない。
  • 望月: 松文館裁判では、性器の形状がわかるというので、有罪となった。
  • 市川: イベントは問題があると次は開けない。ので、修正は厳しい。社会の流れを見て厳しくしたりする。コミケ以外では、各即売会の基準に従うこと。
刑法175条は時代で変化するか?
  • 望月: 時代に敏感になる必要はある。
ゾーニングについて
  • 鮎澤: 商業誌と同人誌の区別はない。
  • 川島: 18禁であることを表示し、中は見れないようになっている。
  • 中村: コミティアではアダルトサークルを向かい合うようにして配置しているので、その通りに来なければ、見ることはない。
アピール不足について
  • (どなたの発言か忘れました): 今回のシンポジウムのことを、コミケの夏のカタログやウェブで報告する。
同人誌が対象になったことへの危機感はあるか? (質問者は、毎日新聞ワタナベ氏)
  • 市川: コミケは幕張から追い出された経緯は忘れていない。
  • (どなたの発言か忘れました): 危機感というより、アピール不足を知った。米澤前代表の「あいまいであることのよさ」がなくなってきている。刑法175条にも具体的なものがつけられていっている。「可能な限り自由であるコミケ」を継承しよう。

その他の記事

以下のサイトにも、このシンポジウムの報告があります。